PROJECT STORY 03
プロジェクト

未来へつながる、道をつくるために。

特定の地域の人々の移動目的と利用する交通手段を把握する「パーソントリップ調査」。それは、行政計画の立案に対し極めて有用な情報源となる一方で、情報を集めるために、複雑な手続き・調整や広範囲にわたる調査を必要とする大規模なプロジェクトです。この大がかりな調査を実現するために集まった3人の社員から、調査に立ちふさがった課題と、プロジェクトの先に見えた「これからのリサーチのあり方」について聞いてみましょう。

Member

K. N
2019年度 入社

社会イノベーション研究事業本部
交通研究部 研究員

大学時代は、社会基盤デザイン工学を専攻し、機能や環境に基づいた都市計画について学ぶ。インターンシップで訪れた市役所での経験から、分析する道に進みたいと思うように。最終的には、大学の恩師からの推薦もあり、「他にはない多様な業務がある」という理由からJMARへの入社を希望した。

H. U
2003年度 入社

社会イノベーション研究事業本部
交通研究部 部長

街づくりに興味があり、大学では都市課題を計量的に分析する「社会工学」を専攻。さらに、大学のカリキュラムの一環として、JMARでのインターンシップを経験。市町村の駐車場の課題を担当する中で、調査・分析を行う面白さを知り、当時の社員との縁もあってJMARへの入社を決めた。

T. F
2016年度 中途入社

社会イノベーション研究事業本部
交通研究部 主任研究員

前職では、総合建設コンサルタント会社でハード設計を担当。歩道橋や駅前広場などの都市施設の設計に携わる一方で、データを使った道路計画の現況解析という「ソフト分野」での貢献にも興味が湧いたという。そうして、防災や街づくりなど幅広い調査に関われるJMARを知り、転職を決意。

Story01
道路をつくるための道のり
H. U
私たち交通研究部は、交通手段についての調査分析を通じた、行政計画支援のための情報提供を普段から行っていますが、今回の「パーソントリップ調査」はいつにも増して大規模な調査でした。
T. F
そうでしたね。都市圏を対象としたパーソントリップ調査は、行政の道路計画のベースとなるような、都市での「人々の動き」が調査対象です。だれが・なぜ・どんな移動手段で・どこからどこへ移動するのかを、主にアンケートによって計測するものですが、電車やバス、自動車、徒歩など、移動手段は非常に多岐にわたっています。そして、予備検討から展望の報告まで含めると、プロジェクトが完遂されるまでに5年もの歳月がかかるのも特徴の一つです。
K. N
JMARでは、このパーソントリップ調査を長年にわたって継続して担当していますね。特に、三大都市圏の中でも東京と中京エリアについては、第1回の調査から携わっていると聞きました。お二人が言うとおり、非常に大規模なプロジェクトとなるため、JMAR以外にも研究所や企業の方とも協働して進める必要があります。
H. U
そういった連携体制において、私たちが担当しているのが、個別の調査企画と遂行ですね。プロジェクトの開始当時、私は室長という立場にあり、全体的な管理を行うための計画策定を任されました。そんな中で、T. FさんとK. Nさんに声をかけたのは、交通研究部の総合的な仕事を知って欲しいという想いがあったからです。
T. F
ありがとうございます。私は、平成30年にはじまった東京都市圏のパーソントリップ調査において、調査の実施業務を担当しました。主としては、調査票とマニュアルの作成や、その後の進捗管理を任せていただきました。
K. N
私が担当したのは、令和4年からはじまって現在も続いている、中京都市圏の調査のデータ整理と分析です。私は中京圏出身なので、それもあって大きなやりがいを感じています。
Story02
「決められた道」という困難
H. U
パーソントリップ調査の実施においてハードルとなるのは、調査計画に基づき遂行しなければならないというところです。膨大な数のアンケート調査を実施し、データを回収しなければならないのは当然ですが、なによりも「統計法」に則った形で、総務省統計局から承認された調査計画に基づき、厳密な調査を実施することが求められます。もし調査を行う日に、台風や地震で交通手段が止まってしまうと、その日のデータの信頼性はなくなってしまいます。そういったイレギュラーな事態が発生することも想定しつつ、平時の交通実態を把握するために、あらかじめ決めた調査計画に収まるように調査を実施しなければなりません。
T. F
私が苦労したのも、調査計画を前提とした中でのデータの回収でした。パーソントリップ調査の一環として、地方自治体が所有している住民基本台帳から、必要となる住民情報を集めなければなりません。そのためには、市町村ごとの条例に則した手続きを踏んで、データの回収を行う必要がありました。場合によっては、現地に足を運んで筆記でデータを取得する「転記」を行わなければならず、その際も「1度に来てよいのは、5人までです」と言われることがありました。法令を遵守するためにはやむを得ないことですが、それでも私たちは、膨大な数のデータを集めなければなりません。どの自治体を、どの時期に、どれくらいの人員を用意して訪れるのか。そのような、個々の自治体に合わせた対応と調整が大きな課題でした。
K. N
調査計画の提出は、実施の約1年前に決まっていますからね。スケジュールや回収方法などは調査計画に厳密に従いつつ、個別の状況に応じた調査を行うというのは、非常に困難なものだと思います。私が担当している中京都市圏の調査でも、コロナウイルスの影響によって、調査計画に沿うことが非常に難しくなったことを覚えています。調査自体が延期されてしまい、それでも計画の完了時期は同じままですから、実施期間を短縮するしか方法がありませんでした。そこで活用したのが、短期間に回収したデータを全体のデータとして活用する「母集団拡大」という方法でした。しかし今度は、回収したデータの信憑性が疑われてしまいました。例えば、調査結果の上で「自動車の利用者が15%減少した」と示されていたとしても、自治体の方が肌で感じている感覚とズレてしまい、「そんなに減ったとは思わないな」と言われてしまったのです。
Story03
解決方法は、一本道とは限らない
T. F
私が担当していた東京都市圏の調査は、調査対象が東京都をはじめとした1都4県の市町村であり、それぞれの条例に応じて進めるのは、とても根気のいる作業でした。「人の移動手段に関する情報」という一つの調査内容に対して、それぞれのやり方が求められていたからです。それでも、自治体ごとの状況を集約し、修正したものを次の段階でお渡しするなど、スケジュールを組み替えることで対応しました。時には、形式的にやりとりをするだけでなく、私たちの調査分析にかける想いを伝えて、作業を円滑に進めたこともあります。そういった人間性も、調査の成功に関わってくるというのは、想定外の発見でした。
K. N
私が担当している調査は、まだ実施途中の段階ですが、相手に納得してもらうための方法を学びつつあると思っています。母集団拡大を行ったデータの信頼度について、中京圏の調査結果だけでなく、他の統計データとも比較して、調査結果の整合性をお伝えできることが分かってきたのです。相手が肌で感じている違和感に対して、確証的なデータを使って安心感を与えること。そうすることで、難しい局面を乗り越えていけるのではないでしょうか。
H. U
なるほど、二人とも新しい発見を得ているようですね。私も、調査計画を設計するうえで、想定される事態をどこまで盛り込むべきかを学ぶことができました。そしてそれは、普段の業務においても、お客様が持っている課題をどこまで想定して、実際の調査に臨んでいけばよいのかという考え方にも活かされていくように思います。
Story04
古きを訪ね、新しきを知る
T. F
パーソントリップ調査は、現代では古典的な調査方法に分類されるものだと思います。新しい情報として、スマートフォンなどから抽出された個人の属性や位置情報などのデータは、ビッグデータと呼ばれる膨大な情報源の中に自動的に蓄えられていっています。一方で、パーソントリップ調査はアンケート形式であり、人力による複雑な手順を踏む必要があります。
K. N
確かに、一見すると非効率な手法とさえ思われてしまうかもしれません。一方で、パーソントリップ調査でしか得られない情報もあります。性別や年齢といった人々の属性だけでなく、運転免許の保有の有無や家族構成など、移動手段と合わせてより詳細なデータが得られるのが、パーソントリップ調査の利点ではないでしょうか。
H. U
そうですね。生成AIによる情報提供が進みつつある現代ですから、古典的な調査方法の意義を考え直さなければならないのかもしれません。ビッグデータとパーソントリップ調査を組み合わせて実施するなど、より詳細な実態把握を効率的・効果的に進め、行政の抱える課題に最適な情報を提供すること。それが、今後の私たちに求められているのではないでしょうか。